ストーリー




じめじめとした梅雨が終わり、どこまでも透き通るような青空の日が続く、今日この頃。

人々が太鼓を鳴らし、子供達が提灯行列を作りながら、町中を練り歩く祭が行われた後の事だった。
幻想郷に異質な光景が見られるようになった。それは、とある一匹の妖怪が発端となる。

その姿はまるで雪のように白く、ふわふわとした毛並みと、丸い体形をしている為、人々からは「毛玉」と呼ばれていた。
空中を漂うように泳ぎ、どこであろうと構わず、人々の目の前を我が物顔で通り過ぎていく。しかし決して人間を襲ったりはしない、まさに人畜無害な妖怪だった。
ある程度のグループを作って活動するが、その一つ一つは毛玉の数を両手で数えられるほどの小規模な物で、毛玉は幻想郷に生きる人々にとって、これといって目立つ存在ではなかった。

そんな彼らが異質な行動を取るようになった。

本来、団体行動をしないはずの毛玉が、一箇所に集まり活動する姿が見られ始めた。空に浮かぶ雲のように幻想郷を漂い進んでいく毛玉は、里の人間を驚かせた。
人々は、これも一時の自然現象、すぐ元に戻るだろうと思っていたが、その様子はまるで無い。むしろ時が立つに従って、確実に数を増していった。
ある時、一人の人間がこんな事を言い出した。

「毛玉達がこれほど集まることはありえない。これは何か災いが起こる前触れだ」

最初は信じる事のなかった人々も、いつまでも増え続ける毛玉たちを見ると、だんだん否定できなくなっていった。そして徐々に人々の中で不安と恐怖が生まれ始めた。
人々は普段気にもとめなかった毛玉たちを近づけないように振舞った。
ふらふらと近づいてくる毛玉がいれば、それを箒で追い払う。それと似たような光景が、町のあちこちで度々見られるようになった。

災いが起きるという言葉もあながち間違いではなかった。その言葉を肯定するかのように、毛玉はある妖怪を幻想郷の中に引き入れた。
その名も妖怪「イビルアイ」という。
毛玉にとっての兄貴分と言うべき存在で、緑色の体に、一つだけ目を持つ悪魔のような容姿をしており、外見に違わずイビルアイは人々に災いをもたらした。

基本は毛玉と同じ、団体行動である。
しかし、イビルアイが町を通るたび、彼らは人々と敵対するように荒らしまわった。道は塞がり、畑は荒らされ、家の中ですら家財を残らずひっくり返される始末である。
被害は増える一方であり、イビルアイは人々の中で恐怖の対象となった。
その上、イビルアイを呼ぶ毛玉の数は、目に見えて増え続けているので、彼らの行動範囲はさらに広がっていく。
そして人里に限らず、山や魔境、冥界のほうにまで姿を見せるようになってきた。
人々は毛玉たちに近づく事が出来なくなり、彼らが何の為にこんな事を行うのか目的も分からなかった。

それどころか、幻想郷を包む混乱はさらに大きくなっていく。
イビルアイや毛玉につられて、幻想郷中にいる鴉や、兎、幽霊、妖精、はたまた、間抜けな妖怪達が集まってきたのだ。
彼女らはあろうことかイビルアイや毛玉の後ろをついて回り、その行動を幻想郷中で真似するようになっていった。

これには人々も堪った物ではない。このままだと幻想郷は彼らに呑まれてしまう。
手に負えなくなった事も有り、この幻想郷を取り仕切る一人の巫女に異変解決を頼むことになった。

しかし増えすぎた毛玉たちを一人の人間が退治し切るのは、すでに不可能だった。
考えた巫女は弾幕を象った罠を用意し、彼らの行く先の幾つかに設置して、彼らを止めるという方法をとることにした。



彼女の試みはうまく行くのだろうか。
はたまた、妖怪の群れに呑まれてしまうのか。



そんな少し奇妙な幻想郷の一日の話――



***************************************************************************


  霊夢 「はぁ…、幻想郷って、いろんな事が起こるって理解はしていたけど、
      まさかこんな事が起こるなんてねぇ……」

セミの鳴き声が響く暑い日差しの中、博麗神社に三つの人影があった。
赤と白を基調とする巫女装束に身を包んだ博麗霊夢は、一つ大きなため息をついた。
それもこれも、最近増えすぎた毛玉たちを何とかしてくれと里の人間に頼まれ、引き受けたはいいものの、どうしたものかと大いに頭を悩ませていたからだ。

  霊夢 「たしかに、どうにかしないと、とは思っていたけど……」

 気が乗らないのか、憂鬱な感情が言葉にこもっている。

 魔理沙 「まぁまぁ、困っている人を助けて、善行を積むのも巫女の仕事の一つだろう。
      たまには働かないと、その腕が鈍るぜ」

隣に立つ黒い魔法使いの霧雨魔理沙が、諭すような口調で言う。霊夢はその物言いにどこか引っ掛かる物を覚えた。

  霊夢 「……妙に機嫌がいいじゃない。なんだか怪しいわね」

 魔理沙 「いや〜、実は私にも久々に仕事の依頼が来てな。
      あいつらを倒せば里の連中から報奨金が貰えるって言うじゃないか。
      これが張り切らずにいられるかって事だ」

  霊夢 「呆れた。俗物的……」

 魔理沙 「自分ん家の前に、馬鹿でかい賽銭箱置いている奴に言われたくないぜ」

魔理沙は博麗神社の賽銭箱を指差した。
樫の木で出来た重厚な賽銭箱は、所々くすんだ黒色をしており歴代の年季を感じさせた。
しかし、新たな御賽銭が入った形跡は無く、付け替えたばかりの錠が寂しげに開かれる時を待っている。

  霊夢 「まぁ、魔理沙は分かったけど、咲夜はなんでこんな所にいるのよ?」

霊夢に呼ばれて、一人会話に参加していなかった紅魔館に勤めるメイド長、十六夜咲夜が口を開いた。

  咲夜 「レミリアお嬢様から、その連中の退治を仰せつかったの。あなたたちに協力するように、ってね」

 魔理沙 「レミリアが?」

魔理沙が心底驚いた口調で返す。

 魔理沙 「自分から幻想郷で起こった出来事に関わって来るなんて。しかも、私達に協力?
        嵐でも来るんじゃないのか?」

  咲夜 「あのイビルアイとか言う妖怪が、紅魔館を通り道にしてるのよ。
      おかげで掃除が大変な上に、館だけを掃除しても、他の場所から次から次へと移って来るからきりがないの。
      初めてよ。幻想郷全部を掃除しろなんて命令を受けたのは……」

はぁ、と大きくため息をついた。咲夜は全てを片付けるまで館に帰れないらしい。
紅い悪魔と恐れられたレミリアの手も、随分煩わされているようだ。

  咲夜 「昼間、館で騒がれると眠れないそうよ」

 魔理沙 「この状況で平然と眠ろうとする神経が凄いぜ…」

魔理沙が顔をしかめて、つくづくと感心する。

  霊夢 「主人があんなのだと、従者も大変ね。でも咲夜が手伝ってくれるならこちらとしても大助かりよ」

咲夜は霊夢の激励を特に気にした様子も無く、ポケットにしまわれた銀の懐中時計を見た。時間を確認して静かに戻す。

  咲夜 「さて、そろそろ始めない? あまりここでゆったりしているのも時間が勿体無いし」

 魔理沙 「そうだな。パッパと片付けて、さっさと終わらせようぜ」

三人は頷きあった。そして、幻想郷の地図を広げる。



   「「「―――さて、どこから廻ろうか?」」」